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ま、まけたかもっ~

http://www.asahi.com/national/update/0311/039.html
トヨタが変なもの開発してた。
トランペットを演奏する二足歩行ロボット(謎)

中高と吹奏楽でトランペット吹いていた自分としては、
どうもこれはほっておけない。。

ロボット技術を使い福祉用途に使うのは理解できる。
しかし、何でトランペット吹く必要があるんだろう。
お年寄りの代わりに、日常作業を手伝ったり、周りの世話をするほかに
トランペットを吹いて和ませるとか??

手先が器用であるというのは、ロボットとしては大事かもしれないけれど
なんで人工肺と人工唇??

なんか人工唇というと、妖しいイメージを思い浮かべてしまいそうになるが、
まぁ、新しい福祉………というか癒しとしては
「ぎゅう」とか「ちゅぅ」してくれるロボットも大切なのかも?

うむ。。。トヨタはそこまで考えているのか?
何年かしたら、見た目は人間と変わらなくなっていたり………

ふつうは自社の作った車を自動運転するロボットとか先に作りそうだが………

と、もわもわと変なことを考えていたのだが、、、

(いちおう)トランペッターの我が身としては、
こいつよりへたくそだったらはずかしいなーと思ったこの記事でした。
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by stafy77 | 2004-03-12 23:15 | テーマ:音楽

少年Aの更正メニューと「長野まゆみ」テレヴィジョンシティ-

やっとタイトル思い出した!(というより検索した)
最近の報道で、少年Aが7年の更正を終え、社会に出てくるという
ことを伝えていたのだけれど、その更正のメニューとして、
彼の周りに擬似的に彼の家族を演じる役を作って、その中で
人の暖かさに触れさせることで、人としての心を育てていく
というやり方を紹介していた。

で、自分が思ったのが、「家族ってそんなもんかいな」ってこと

「作られた」家族も「自然に出来た」家族も、家族は家族に
違いないけれど、じゃぁ、その違いって何なんだろう・・・って思う。

で、ふっと頭に浮かんだのが、昔読んだSF(少年)小説で
子供しかいない世界で擬似的に家族を演じる役がでてくるやつだった。

思い出せなくて気になっていたんだけれど、
長野まゆみ「テレヴィジョンシティ」だ!

あの話はかなり、少年愛なテーマなんで、社会的なものとは違うかもしれないけれど、
人の存在とか、人と人との関係について暗示的に書いていた気がする。

それにしても、少年Aはこれからどうなるのかな・・・
社会で生活を希望して、今まではサポートがあったけれど・・・
自分が雇用者の立場だったら・・・、隣に住む住民の立場だったら・・・
過去に犯罪を犯した人とわかって(更正をうけたとわかって)
普通に接することができるのだろうか。

それとも・・・
よき雇用者、よき隣人・・・を演じるのだろうか。
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by stafy77 | 2004-03-12 12:16 | ひとりごと

好きなこと・職業適性が見つからない人

自分は既に仕事をしているし、はまったりのめりこむものもある。
でも、「極めた!」っていえないから、
人に「得意なことは何ですか?」って聞かれるとちょっと困ってしまう。
あと、「自分がしてきたことは何ですか?そこから何を得ましたか?」っていう質問にも弱い。

つくづく自分のことがわかってないんだなって思う。
でも、わかってないよりもいけないだと反省していることは、
わかっていないなりに将来の絵を描いて、今の時間を大事にしていないこと。

将来の絵といえば、先日、テレビでフリーターの番組をやっていて、
「やりたい仕事につけないから・したいことがわからないから」暫定的にフリーターを選択してしまう
(またはそうせざるを得ない)人の話をしていたけれど、
本当は、良く生きる方法とは、仕事を決めることではなくて、自分の将来の絵をかくことだと思う。
その絵の中では、本当にしたい仕事につくということは必ずしも必須項目ではなくなるかもしれない。
(就いた仕事で如何に仕事を楽しくするかというのは半分は自分次第)

番組の中で、高校生就職の例で、ファッション関係の仕事をしたいのだけれど、
学校が紹介してくれた町工場の仕事と、服飾販売のバイト、どっちをやろうかという
話があった。

服飾関係のバイトをしたところで、将来が保証されるわけではないし。
(それは正社員もおなじだけれど)バイトできるわけではないのだから、常に、
次のステップを見据えて、スキルアップするつもりで望まなくてはいけないだろうし
(例えば、販売なら、販売としてより有利でやりがいの有る仕事に就くことを目指すとか)

逆に、町工場で働いたとしても、そこで働きながら新しい展開としてファッション関連に何か、
アイデアとか活路を見出す可能性がゼロとはいえない。(会社としては、そんな人材も必要だろう)

そして、やはり、今の時間を充実させることが、
自分が「これをやった」と言うことができる大事なポイントなのではないだろうか。

そんなことを考えたのだけれど、さて、自分はどうか。
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by stafy77 | 2004-03-11 09:41 | 問題解決

キレる人の話(最近のニュースと『バカの壁』より)

最近ニュースを見ていると、
「中学生の男の子が同級生に対してついカッとなって家から日本刀を持ち出して切りつけた」
とか、「母親や父親が腹いせに子供を殴って死なせてしまった。」というような
衝動をコントロールできない起きてしまった事件が多くなったと思う。

察するに
1.今までも同様のことがもっと発生していたが、最近ようやくメディアにふれるようになった。
2.本当にそのような事件が増えているためメディアで代表として取り上げている。

のどちらかだと思うが、自分自身(将来子供を育てる立場になるとして)深刻と感じるのは
どちらにしても、教育や社会背景の問題、それから自分の問題で、このような人を育ててしまうことだ。

社会がそのような人を育ててしまうのは、なんとなくわかる気がする。
例えば、地域社会や実体験のコミュニケーションがどんどん薄れ、テレビやインターネット
(双方向でコミュニケーションが出来たとしても)の刺激が強いために、
今まで大人が普通に出来ていた「人と接する」ということが出来なくなる可能性がある。
テレビやインターネットは、わずか半世代ぐらいで普及したから、その影響はまだ未知数だ。

それを育てる親にしても、現代社会は以前よりストレスフルな環境で、子育てにしても、
本人を身内でサポートしてくれるようなところは減ってきている。

『バカの壁』の養老 孟司さんが本の中で、オウムのよう宗教に走った若者のその理由は
体の使い方を知らない人が増えた・つまり肉体感覚の喪失ではないかと書いていたが

体の使い方を知るには・・・
テレビ見たりネットするより、親と子供が野山に出て走り回ったりプロレスごっこしたり、
たまには近所のおやじにげんこつもらったり・・・したほうがよいということだろうか。
あるいは、昔ながらの人情が残っている地域や、山の中に引越ししたほうがよいということだろうか

じゃぁ、自分なりに、子供にどんなことをしてあげられるか・・・ということになると
言葉に詰まるのである。

知ることから、具体的に行動に起こすまでにある、これも一種の「壁」だろうか。
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by stafy77 | 2004-03-10 09:34 | ニュース、イベント記事