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「春を探しに」昔書いたお話-3(ミュージックボールをモチーフにして…)

その3です。
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春をさがしに1
春をさがしに2
春をさがしに3
春をさがしに4



 ようやく吹雪の外にでたトトは、のどをふりしぼって力のかぎり叫んだ。

「おーい。冬の精霊さま」

 一面に広がる雪原は、全ての物音を吸い取ってしまうかのように、しんと静まり返っている。そんな中でトトの呼びかけもいったいどこまで聞こえているのやらわからなかった。

「おーい。冬の精霊さま」

 何度も何度もトトは叫び、ついにはあきらめようと思った、その時、すぐ目の前の雪が突然舞い上がり、白い雪けむりとなってごうごうと竜巻のようにまわり出した。そして次の瞬間、雪けむりはできた時と同じように突然終わり、見ると、そこに蒼い衣をまとい、つえを持った老人が立っていた。

「そう何度も呼ぶではない。耳が痛いではないか」

「お願いです。雪の魔女を、シルファを許してあげて下さい」

 トトは必死になって頼んだ。

「少年よ。もうここを除いて雪はやんでいるし、明日には雪も溶けていよう。ほかに何の問題がある。自ら災いをもたらしたものを開放しておまえに何の徳がある」

「冬の精霊さま、シルファは優しい女の子です」

 トトはシルファにかけてもらったコートを精霊に見せた。精霊はしばらくの間じっとそのコートを見つめていたが、やがて、ゆっくりと口を開いた。

「わかった。彼女の気持ち、おまえの想い、しかと聞き届けた。しかし、あの鎖は私にも溶かすことができない。あれを溶かすには何か、心を暖めるもの、そうだな、ここらあたりでは『春の泉』という温泉のお湯などがあるのだが……」

「精霊さま、『春の泉』はどこにあるのですか?」

 冬の精霊は顔を曇らせた。

「それが、ここから人間の足では1日以上かかる所にあるのだ。たぶんそれでは手おくれだろう」

「何かそれに代えられるものはないのですか?」

「ないわけではない、しかし私はこれがそうだということはできない。自分で探し出して彼女に使って、初めてわかるものだからな。だが、おまえはここに来たから知っていると思うが、この周りはどちらに行っても数時間は何もない雪原。その中で見つける事が出来るかどうか……」

 こんな精霊の言葉でもトトには少し希望が見える気がした。

「わかりました。きっと探し出してみます」

「そうか。おまえの幸運を祈っているぞ」

 精霊の周りに現われた時と同じようにまた雪けむりができ、徐々に姿が見えなくなろうとしている。

「そうだ、言い忘れていたが、雪の魔女の命は一年ごと。氷に封印させずとも春の精霊の訪れとともに消えてしまう運命であるということは、心しておくがよい。では、また来年の冬まで」

 そう言い残して、冬の精霊は消えてしまった。トトはしばらく冬の精霊がいた辺りをぼんやり見ていたが、ふいに

「そうだ……」

 とつぶやき「心を暖めるもの」を探すために愛用のスキーで広大な雪原に滑り出していった。

 それから長いこと、トトは何時間も雪原を探し回った。しかし、人一人いない雪原では何もないだけではなく、そのヒントになるものすら見つける事ができなかった。トトの努力もむなしく、もう陽はだいぶ西に傾いている。トトはすっかり悲しい気持ちになってシルファのいる家までもどってきた。家の周りの吹雪はだいぶ弱くなっていた。

「ただいま」

 部屋にはいったトトは目をみはった。かわいそうに雪の魔女は、腰の所まで氷の鎖に巻かれ、しかもその氷は彼女をさらにがんじがらめにしようと、ゆっくりと伸びつづけていたのだ。

「ごめん……。ぼくは君を助ける事が出来なかった」

「いいのよ。冬の精霊に聞いたんでしょ。私はどちらにしても消えてゆく運命なのよ」

 シルファはかすかに微笑んだ。

 その時だった。突然トトのお腹がぎゅるぎゅると鳴ったのは。

「ごめん、こんな時に」

「いいのよ。おかしいわ」

 二人は声を上げて笑った。

「そう言えば、今日はお昼ご飯がまだだった。シルファ、一緒に食べようよ」

 トトはリュックの中からお母さんの作ってくれたお弁当をとりだした。不思議なことに、それはまだほのかに湯気を上げていた。

「半分あげるよ」

 二人は並んで遅いお昼を食べる。

 いつのまにか、二人の全く気が付かないうちに足元の氷に変化が起きていた。

 それは、まだとても小さなものだったけれど。その頃から鎖は確かに水に戻り始めていたのだ。

「あれ、暖炉の火が消えている」

 トトは立ちあがってマッチで火をつけ直し、本当の赤い炎がぼぉっと燃えあがった。部屋はもう寒くなかった。彼は自分が着ていたシルファの白いコートを元通りにシルファにそっとかける。

「ごちそうさま。とてもおいしかった。なんだか、温かった……」

 その瞬間、シルファに絡み付いていた鎖が音を立てて粉々に砕け散った。二人は、顔を見合わせたが、次の瞬間、手を取り合って一緒に飛び上がった。
by stafy77 | 2006-05-04 06:41 | ひとりごと
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