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メディアのお味

思うに、テレビや新聞、ネットに展開される様々な情報は
素材を加工した料理のようなものだろう。

この素材たちは、様々な種類があるけれど、実はこれといった味はない。
それらの素材を、料理人の心配りで、ポリシー通りに、または客の好み通りに加工する。
料理人は、自由に味付けできるし、素材も自由にチョイスできる。
食べる人は、料理を素材の味だと思って食べることは危険なことだが、実際に「素材」と
いうのが、確実に一つの状態をさすのかは誰にもわからない。

さて、料理人にはいろんなタイプがいる。
「これが標準の味付けだよ!」大衆に満足する料理を出しているところ。
また、その料理にたいして、「これは、料理人がある意図をもって押し付けている味だ!」

と、別の調味料をかけてみる人
(彼は、既にある料理の味を変えることを喜びとしている)

普通の人には受け入れがたい味なのに、熱狂的なファンがいる料理人。

普通の人の知らない素材で料理する人

などなど。

たいていの料理人は、味を発信する立場として(食育という言葉もあるが)社会的には責
任ある立場ということになっている。
多くの人に振る舞う料理を作れば作るほどその傾向が高まる。
逆に、他人の料理に否定的な味付けをしているが、彼の料理の影響はわからない為、
無責任、というケースもある。

面白いのは、そんな料理人自身が素材のネタとなることも多いということである。
といっても、自分の徳を料理するのではなく、他人の不徳を料理するほうが
作るほうも食べるほうも楽しいようである。
どんなに栄養の偏った料理を出す人、一日にこれはないとだめだ!と
自分の主張を料理にする人たちがお互いの意見は違っても、
他人を料理する味は、似たり寄ったりのようである。
by stafy77 | 2006-05-19 00:00 | ニュース、イベント記事
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